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齋藤祐平 個?展「羅布泊書工書庫」

齋藤祐平 個?展「羅布泊書工書庫」
1/10〜2/2、
神保町・美学校内
ギャラリー「棚ガレリ」
http://rad-commons.main.jp/tana/






 一枚の栞を手に神保町「美学校」へ向かっておりました。
古びたビルに入り、青白い蛍光灯がチカつく薄ら明るい中で階段を上ってゆきますと、
二階の階段の支柱に小さくキャプションが貼ってあるのが目に付きます。

- 棚TANA-Gallery Bookshelf - 

 それを横目に3Fへ進みますと「美学校」の入り口にたどり着きます。

 鉄の重たい扉をあけますと、狭い雑然とした(実際にはおそらく雑然とはしていないのですが、
飛び散った絵の具らしき汚れやら、場所自体の長い時を経てきたような佇まいがそう感じさせるのです)狭い廊下に、書架があるのが目に入ってきます。

 ホワイトボードに殴り書かれた宣伝文句、展覧会のDM、割引券、そして本、本、本。


そして、片隅に、あの階段を上ってきた時に見たあのキャプションが提示してあります。

 「棚TANA-Gallery Bookshelf」。
 神田神保町にある美術・芸術の専門学校である「美学校」
その本棚の(元来本が納められる)わずかな一区画がギャラリー「棚TANA-Gallery Bookshelf」通称「棚ガレリ」です。

 2011年1月10日より行われていた展覧会は、
齋藤祐平の個?展「羅布泊書工書庫」。

手に持っていた一枚の栞は、この展覧会のフライヤーです。
ギャラリー内には、齋藤祐平が<複製されることを前提に作った>手製本が
みっしり と
<展示>されていました。


「棚ガレリ」は2010年夏に、ギャラリーのオーナーが、
齋藤祐平さん企画・キュレーションの「サークルX」(神保町・「路地と人」)展を観に行き齋藤さんと初めて出会い、
その足で美学校へ来て、「テンションがあがっちゃって」(本人談)美学校校長に「ギャラリーやる」と言って「棚ガレリ」を立ち上げたそうです。
 はじめ、ギャラリーの名前は「ギャラリー 万引き上等」だったと言います。フリーペーパーを置くスペースにして、自由に置いたり、持って帰ったりできる場所にしようとしていたそうです。
 しかし試行した末、現在の展覧会をするギャラリーという方向性になり、
「棚ガレリ」では、過去に4回の展覧会が行われました。
(展覧会初日トークメモより)

一度目は《新・方法 on 棚ガレリ》これは本棚に本を詰めなおすという展覧会。
二度目は"芸術:労働契約" 川染喜弘 x Rad.Commons、ミュージシャン川染喜弘と24Hの労働契約を結び、その契約書を展示するというもの。(労働=演奏・ライブ)
三度目は 愛☆まどんな×穏やか 二人展「ちょっとだけョ、あんたも好きねェ」A4サイズの二人の絵よデジタルフォトフレームの、<スタンダード>な絵画展。
四度目は一日限りの展覧会、「VIVA☆校」 渋家 1日展

 そして、今回の齋藤祐平の個?展「羅布泊書工書庫」へと続きます。

 過去4度の展覧会のことを視野に入れますと、「羅布泊書工書庫」は<本棚に本を並べる>という、その場所の元来の機能に対して『最も正しい行為』が成されています。
しかも当初、フリーペーパー置き場にするつもりだった場所ですから、今回の展覧会は「しかるべき必然」であるとギャラリーオーナーは話していました。





齋藤祐平 個?展「羅布泊書工書庫」は、「羅布泊書工」という架空の出版社の書庫という設定の展覧会です。
したがって、フライヤーも栞の形になったわけです。


展示されている本を一瞥しますと、なるほど「●●出版」でも「●●書房」よりも「書工」という手仕事で物を工(つく)るイメージがふさわしいでしょう。




絵描き・齋藤祐平さんの活動領域は、ただ絵をかくだけでなく、
「手製本」「個展」「キュレーション」「イベント企画」「ライブ」など多岐に渡ります。
一見すると一貫性のないようにも見えるその諸活動ですが、

<”絵を描く行為”を軸に据え、その集積を取捨選択・構成・配置・関連付け・調整する編集(工作)>

とも捉えることが出来ます。


齋藤祐平さんに対する 個人的なひとつの所見↓
http://archivesikaku.blogspot.com/2011/02/live.html



棚に展示されている本は、自由に手に取り、棚に備え付けられている箱にお金を入れて購入できる、
「青空市場」(道端にある無人の野菜物販所のような)のシステムがとられていました。


そして、展示されている本ひとつひとつに対する解説もそなえつけられています。

解説の内容は
不特定多数に向けてかかれたものではなく
ある程度範囲を想定して(「おなじみ」の相手にむけて)かかれていると思いました。

ペーパーは元来ある程度広範囲メディアであるはずですが、実際限界があります。
ペーパーメディアは広範囲散布のメディアではなく、直接性が大きいものです。

抽象的な多数ではなく
抽象的具体性(●くんやさんではなく、こういう人たちという具体性)を
齋藤さんがある程度意識か無意識かで 届けたいと思っているのだと思いました。

この解説は、
ある程度親密な関係上にある人たちが読むこと。
あるいは読んでからそうなる人。
まったく知らない人でも
例えばその人が 内容について「どういうことですか」と質問されたら直接口頭で答える
という 「メディアのすぐそばにいる自分」が想定されていると感じました。

元来「メディア」は
発信者からより遠くへ伝播させる事が効能で、
ゆえにどんどん発信者の肉体から遠ざかっていってよしとなるものだと思っていましたが、
彼の場合はメディアを隔てすぐそこに彼がいる 事が想定されていると感じました。



たくさんの人にみてもらいたくてフリーペーパーを作り始めた
と彼は言っていましたが、
それは自身の情報が拡散してゆくことを望んでいるのではなく
<たくさんの人の手に渡り、絵を見てもらうことの先に、その人と自身とが直接的につながって行くこと>
を目指しているように思えました。
この距離感が、
学生時代から自身の絵をペーパーという形で届けてきた彼が
ペーパーメディアを扱うときにとるリアルな佇まいなのだと思います。



「1点もののオリジナルの絵と、複製された印刷物には、作品としてのリアリティの持ち方が違う。
他の人と共同制作をした物もあるし、個?展と「?」を入れたのもそういう理由から。
作品なのか、作品ではないのか、曖昧なものを展覧会というフォーマットにのせた」
と齋藤さんは語っておりました。

ここに<展示>してあるものが、<作品>か否かという問答はひとまず置いておき、
それよりも「書工書庫」は 本=出版社
=編集行為と結びつき
一見すると多様で捉え難い斎藤さんの諸活動を「編集(工作)」としてひとつのまとまった見方ができるように提示してくれた展覧会だったと思います。


編集能力とは、現実世界の中に秩序をどう見、どう組み立てるのかという、
あらゆる分野での応用可能な生き方そのものの能力でありましょう。


肩書きを越境して発揮される斎藤祐平の編集能力が、今後 何に対して、秩序をどう見、展開させてゆくのか。


今を生きる作家が、
世界をどのように捉えてゆくのか、

その瞬間を目の当たりにできる同時代に生まれた幸福を考えながら


栞を本に挟んで

棚をあとにしました。